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冬のクワガタ(2) [空想中野日記]

2.居酒屋にて その1

 二杯目の芋焼酎ロックを飲み終わる頃、入り口のがらり戸が開いた。
「いらっしゃい」「ら」にアクセントのある発音で宮さんが応える。
「こんばんは」
入って来たのは、ゆかりさんと草子さんだった。たいてい二人でこの店に飲みに来ており、何度も顔を会わせている。
 カウンターに二人並んで腰掛け、「何にします」と宮さんが聞く前に
「串焼き盛り合わせ、まぐろ山かけ、それとツナサラダ」ゆかりさんが、おしぼりを受け取りながら注文する。
「あと、お湯割りのセットちょうだい」と言い、手をふく。
一度腰掛けた草子さんが立ち上がり、麦焼酎のボトルを棚から取る。
「草子は?」早くも一本目のたばこに火をつけたゆかりさんが聞く。
「よく、まぁそんなに入るなぁ」と感心する草子さん。
「和食は別腹だから。和、洋、中、甘い物と四つあるのよ」ゆかりさんは平然と答えて、勢い良く煙を吐き出した。
こちらを見た草子さんが、(牛か!)と口の形だけでつっ込んだ。目元が笑っていた。
「一軒目はどこだったんですか」三杯目の芋焼酎を作りながら聞くと
「中華。紹興酒もたくさん飲んだし、点心みたいな軽いものじゃなくて五目焼きそばとか、エビチリとか……」
「沢野君ごぶさた。どうしてたの」
ゆかりさんが草子さんをさえぎって割り込んできた。
 ここに来るのは月に一、二度ほど。半年くらい来なかった時もある。それでも十年通っていると、顔なじみになるものだ。
「いろいろ。仕事とか……」言う間もなく
「なになに、何読んでるの」と相変わらず頓着せず会話を進める人である。
「『夏への扉』」
「何、松田聖子の?」
「そう。この本に触発されて作られた歌だっていう話ですよ」
「へぇ~」とゆかりさんが感心する。
草子さんが、こちらを見ていたずらっぽく笑っているので、一応共犯者的な笑いを返すことにする。
 出来上がった串焼き盛り合わせが目の前に置かれ、ゆかりさんの関心は当面そちらへいってしまったので、「夏への扉」へ目を落とし、芋焼酎を啜った。
(続)


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葵

 続編。具体的な人物が登場して、ぐっと雰囲気が出て来ましたね。私は、第一回目よりもこっちが好きだなあ。(第一回も、風情がありましたけどね。)
 人物が登場してセリフをしゃべり出すと、書き手としても俄然楽しくなるでしょう?sakamonoさんの小説は、ご自身の体験を元にしているようなのでこの女性たちにもモデルがいるのでしょうが、それでもセリフをしゃべらせてみると、小説の中の人物として彼女たちが一人歩きして行きませんか?「おお、あんたはそんなキャラクターなのか!」と、作者が教えられることがあったりして。
 この登場人物は2人とも似た年格好の女性のようなので、せりふが混同しないように工夫した方が良いですよ。2人の口調を変えてみるとか、キャラを正反対にしてみるとか。
by 葵 (2006-01-27 21:56) 

はてみ

草子さんが(牛か!)って「口の形だけで」つっこむところがいいですね(^^)
『夏への扉』はこのあとの展開に関係してくるのでしょうか。
ゆかりさんと草子さんのキャラクターの違いははっきりしてますよね。
おせっかいなことを言えば、「顔なじみ」ということばをどちらか言い換えたほうがいいような気がします。(大きなお世話ですが)
by はてみ (2006-01-27 23:15) 

sakamono

>葵さん
お、いいですね。こういうの。会話が増えたら一回目と雰囲気が変わってしまって、自分でもびっくり。書くテンポが早くなって、軽い感じになりました。こういうもんなんですね。口調はちょっと意識してます。次回で。
>はてみさん
いえ、「夏への扉」は、ただの小道具です(^ ^;)。「顔なじみ」、気づきませんでした。ご指摘の通りです。ココは変えようと思います。校正(?)ありがとうございます(^.^)。
by sakamono (2006-01-28 00:31) 

春分

「夏への扉」、山下達郎の?
とか書いてはある種のネタばらしになるのかな。
静かに展開を見守る方がいいでしょうね。
by 春分 (2006-01-29 14:02) 

sakamono

>春分さん
こちらへもコメントありがとうございます。山下達郎の「夏への扉」?知りませんでした。ネタばれにはなりません(^.^)。
by sakamono (2006-01-29 22:49) 

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